才能と、またやっちゃった!はウラオモテ

才能とは思考や行動の繰り返しパターン。
才能のトリセツ作りセッションでは、才能を”ついついやってしまい、やってよかったと思えること”としています。
(佐野貴さんの定義をお借りしています)

ついついやってしまうこと、が
やってよかったと思える結果になるか、
「またやっちゃった!」となるか。

「またやっちゃった!」が行き過ぎて、痛い目見たこと、ありますか?

わたしは何度もありました。
二度と許してもらえないほど、人を激怒りさせたこともありました。

​ついついやってしまうことそのものは、昔から変わらなくても
それを”やってよかった”と思えるように使えるかどうかには
どれだけ発達しているか、反射の影響がどのぐらいか、は
けっこう影響しています。
 ▶︎固める反射について知ってみる

たとえば私の場合、
「それは何がどうなってることなのか」を説明するのに、例え話を使うこととか
「さっき話してくれたこと達って、要はこういうことだよね」と、含んでまとめる、
「何にどうモヤッとしたのか、比喩も駆使してドンピシャな言語化ができるまで考える」というのが
ついついやってしまうことです。

ここ数年は、やってよかった、と思えることが非常に増えました。
「あーー!!やっちゃった!!」「怒らせた!」はほぼない。

でも、反射の影響がバチバチに残っていて、
過去の痛みも残っていた時は、
「あーー!!またやってしまった!また怒らせた!!」がよくありました。

反射が残っていると”ついつい”がマジでコントロール不能になりやすい

大体想像つくと思いますが、
この言語化の能力は持ったまま、

・過去の痛みがバチクソ残ってて、無関係な目の前の人に無意識に八つ当たりすることがある
モロー反射の影響で、やり過ぎる


これが組み合わさると、どうなると思いますか?

もう大事故ですよ


”反射”なので、反射の残存による言動は
意思や思考を通さずに発動してしまうものです。

なので「あっ」と思ったら、もう口からその言葉が出てしまっていたのでした。

このついつい使ってしまう能力を、”やってよかった”と
周りからもポジティブなフィードバックをもらえるものとして使うには、
過去の癒しも、反射の統合も必要でした。

そもそも、固める反射やモロー反射の影響が強いと
人からのポジティブフィードバックも受け取りにくそう。

反射の統合で、「またやっちゃった!」を「やってよかった」にひっくり返す

なので、自分の才能を知ってそれを活かしていくためにも、
反射の統合ワークはすごくよい土台を作ってくれる、必須のものです。

私はこの言語化の才能を使い倒して、才能のトリセツ作りセッションをしています。
言語化、というしていることは変わりませんが、
発達したことで、過去に人を激怒りさせた”ついついやってしまう”というか”またやっちゃった!!”なことが
才能として人の役に立てるものになりました。

例えば、
・ついつい人の気持ちを繊細に感じ取ってしまう。
という傾向があるとします。
未発達だと、疲れたり、犠牲感を感じたり、色々と気を回し過ぎて却ってトラブルになったり。
でも発達すると、境界線が適切に引けるので
自分も相手も心地よい範囲で、気持ちを感じ取ってどうするか、が選べる。


・ついつい、人の可能性を見て、それをコンテンツの提案としてしてしまう
相手がそれを聞く準備が出来ていないのに、そんな提案をしたら
やっぱり鬱陶しがられます。
「そんなに今の私がダメってこと?!」と反発されたりするかも。
でも、発達したら、適切なタイミングを当たり前に待てます。
提案する内容だって、より洗練されます。
タイミングと内容が良くなったら?
「やってよかった!」を体験しやすくなります。

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